【セクシャリティ】どうでもいい場面にも関わらず引き合いに出される

どうもアラサー男子オスギです。
この記事がブログに更新されるのは朝の8時ですが、これを書いているのは深夜1時過ぎ。
なんとなく眠れない日もあるので。

 

さて、今回はセクシャリティについて。
昨今、LGBTQA+が話題に上ることが多いですが、当事者からすると、どんな場面においてもそれを引き合いに出されればいいというわけではない、ということを書きたいと思います。

 

前提として、セクシャリティは人間を構成する1つの要素

 

以前別の記事でも書きましたが「ゲイは付随要素」と冒頭の紹介でゲイの大学生2人がパーソナリティを務めるポッドキャスト「づんたとコーギーの”若ゲイのいたり”」という番組を紹介しました。
参考記事:【ポッドキャスト】ゲイは付随要素 若ゲイのいたり

 

この「ゲイは付随要素」という言葉、まさにその通りです。
人間を構成する要素って様々あります。
背が高い、少し太っている、目がつり目、肌が白い、髪の毛の色が黒、などの目に見える要素
イスラム教を信じている、本を読むのが好き、人と話すことが苦手、数学が得意、などの目に見えない要素
その他にもまだまだたくさんあります。
そして、それぞれ1つ1つがその人を作り上げる要素です。
そんな中の1つにセクシャリティがあって、「男性が好きだ」とか「女性が好きだ」、「特に誰も好きじゃない」などなど。
たったそれだけのことです。

 

1つ1つの要素が注目される場面もあれば、されない場面もある

 

人間を作り上げている1つ1つの様々な要素ですが、場面場面によって注目されることがあります。
例えば、中学生で明日数学のテストがあるというとき。
その時には数学が得意であれば、クラスメイトからわからない数学の問題の解き方を教えてほしいと言われるかもしれない。
数学のテストの前にそんなに勉強しなくても良い点を取れるかもしれない。
数学が得意であるということが注目されるわけです。
その代わり、上記で挙げた「少し太っている」って関係のないことなので、注目されません。

 

 

この事例と同様にセクシャリティについても注目される場面と注目されない場面があるということです。
誰かに、「ねぇ、恋人いないの?」と話しかけられれば、そこには「セクシャリティ」が注目されている場面です。
そのほかにも、街中を歩いていて、「あ、あの人かっこいいな」と思った時は「セクシャリティ」が注目されている場面です。

 

 

一方で、「取引先と商談をしている時」「英語の勉強をしている時」「カレーライス作っている時」、これらの場面の時って「セクシャリティ」って注目されなくていい場面ですよね。
このような場面の時に「男性が好きだ」「女性が好きだ」「特に誰も好きではない」などといったセクシャリティが関係することはありません。
誤解を恐れずにいうと、こういう時セクシャリティってどうでもいいのです。

 

 

セクシャルマイノリティと接する時に、、、

 

昨今、LGBTQA+という話題が多く、身近で聴く機会も増えてきました。
なので、カミングアウトする人も増えてくるだろうなと思います。
そして、セクシャルマイノリティの人たちのことをセクシャルマイノリティであると認識してコミュニケーションを取る機会も増えてくると思います。
その時にどんな場面においてもセクシャリティに注目して、それに過度に配慮してコミュニケーションを取る必要はないと思っています。
仕事の商談で納品日の話をしている時にセクシャリティなんて関係ないですからね。

 

セクシャルマイノリティの人と接するからといって、どんな時でも常に特別視して接する必要はないということです。
セクシャリティが関係する時だけ、そこに注目して、配慮してコミュニケーションを取れば良いと思っています。
もちろん、そこには人それぞれ違う部分もあるので、絶対的なコミュニケーションの答えなんてありません。
なので、その人を傷つけない・不快な思いをさせないというベースでコミュニケーションをとっていけば良いと思っています。
これって、セクシャルマイノリティに限らずどんな人に対しても同じことであると私は思っています。

 

ではでは

 

オスギ

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