【多様性】受容すべきって頭でわかっていても出来ない人へ

どうもアラサー男子オスギです。
最近よく聞く「多様性(ダイバーシティ)」
企業の研修でも増えてきたのではないかな?と思います。
そこで言われることは「多様性を受容しましょう(ダイバーシティ アンド インクルージョン」
とはいえ、世界のどんな人でも誰に対しても受容しろと言われて、頭では理解できていてもなかなか行動には移せないですよね。
セクハラしてくる上司を受容しろっていわれても、無理。
大声で騒いでいる酔っ払いを受容しろといわれても、無理。

では、ここで言われている「多様性を受容しましょう」ってどうすればいいのか、自分なりの考え方を紹介したいと思います。

まず、「【属性】と【行動】に分けてみる」。
そして、「【属性】は受容して、【行動】は受容するか考える」です。

【属性】と【行動】に分けてみる


ここでいう【属性】は「〇〇である」ということです。
英語でいうとbe動詞です。
次に【行動】は「〇〇する」ということです。
英語でいうと一般動詞。

いくつか文章を挙げてそれを【属性】と【行動】に分けてみます。
①おじさんが椅子に座った:【属性】おじさん、【行動】座る
②ゲイがタバコをポイ捨てした:【属性】ゲイ、【行動】ポイ捨てする
③お姉さんがセクハラをした:【属性】お姉さん、【行動】セクハラをする
④デンマーク人がお礼をした:【属性】デンマーク人、【行動】お礼をする

4つ例を挙げて、横に【属性】と【行動】を書きました。
分ける事は難しくないと思います。

分けた後にすることは【属性】は受容して、【行動】は受容するか考えることです。

【属性】は受容して、【行動】は受容するか考える


まず、よく言われる多様性のところで「受容しましょう」というのは【属性】の部分についてです。
先ほどの例でいうと、「おじさん」「ゲイ」「お姉さん」「デンマーク人」です。
その人の【属性】は自分の意思では変えられない・変えづらいものであったり、生まれ持ったものやアイデンティティーであったりするからです。
まず、ここは受容しましょうということです。

次が重要です。
行動については、その人それぞれの価値感に沿って、受容するかしないか考えていきましょう。
つまり、「ポイ捨てをする」という行動について、受容するかしないかは、人それぞれの価値基準によって、変わってくるということです。
言いかえれば、受容してもしなくても良いという事です。

実際に、受容できるかどうか考えてみる


先ほど挙げた4つの例をオスギに当てはめた場合、受容できるかどうか考えてみようと思います。

①おじさんが椅子に座った:【属性】おじさん、【行動】座る
属性の「おじさん」は受容します。
行動の「座る」も受容します。
特に座るだけであれば何も問題がないので。


②ゲイがタバコをポイ捨てした:【属性】ゲイ、【行動】ポイ捨てする
属性の「ゲイ」は受容します。
行動の「ポイ捨てする」は受容しません。
ポイ捨ては見ていて良い気分にならないのと、マナーとして良くないと思っているからです。

③お姉さんがセクハラをした:【属性】お姉さん、【行動】セクハラをする
属性の「お姉さん」は受容します。
行動の「セクハラをする」は受容しません。
人によってはセクハラをされたい人もいるかもしれませんが、自分自身はセクハラされたら気分が悪くなるし、セクハラ現場をみたいとも思わないからです。

④デンマーク人がお礼をした:【属性】デンマーク人、【行動】お礼をする
属性の「デンマーク人」は受容します。
行動の「お礼をする」も受容します。
お礼をしている事については受容しない理由がほとんど見つかりません。
あえてひねりだすと、皮肉やブラックジョークで言われたときくらいでしょうか。

さて、ここまで紹介すると掴めてきたかと思いますが、【属性】と【行動】をそれぞれ別の事象として捉えて、【属性】については受容し、【行動】については一旦自分の価値基準で受容するかどうかを考えて決めます。

「多様性を受容しましょう」と言っているのは、実は【属性】の部分までです。
そこから先の【行動】については、その人の判断に委ねられているということです。
よく考えてみると、受容のできないことって、【属性】ではなく【行動】が先に来ていることがほとんどです。
例えば、ポイ捨てをしているからあの人受容できない。
そのポイ捨てしているのがおじさんで、ポイ捨てしているおじさんを続けて何人もみたから、おじさんを受容できないとなっていることってないでしょうか?
これって、実は【属性】おじさんってあまり関係ないですよね。
ポイ捨てするおじさんを受容できないだけで、何も行動をしていない【属性】おじさんを受容しない理由にはなりません。

このように【属性】と【行動】をわけてみることで、「多様性を受容しましょう」ということが少しクリアになるのではないかなと思っています。
あくまで今回書いたことは僕個人の意見ですが、皆さんの何かしらの気づきやお役に立てればと思い書きました。

ではでは

オスギ

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