【幸せのお手本】幸せかどうかは自己基準

どうもアラサー男子オスギです。
今回は幸せについて書いていこうと思います。

 

幸せである状態を思い浮かべてみてください。
人によって様々だと思います。

 

一般的によく言われているのは、良い大学に行き、良い会社に務め、結婚し、子供がいて、マイホームがあり、車も持っている、、、

 

さて、この状態って幸せなのか?ということについて書いていこうと思います。

 

 

「幸せのお手本」について

 

上記で書いた、「良い大学に行き、、、、」ということは、世間で言われている「幸せのお手本」だと自分では思っています。
ただ、この「幸せのお手本」通りの人生を歩けば幸せと、自分の考えずにそれを目指してしまうのは、危険だなと思っています。
参考記事:【教養】常識を疑うために必要なもの

 

 

世の中を見ると、良い大学に通っていなくても、子供がいなくても、結婚していなくても、車を持っていなくても、幸せな人っています。
逆も然りです。
良い会社に勤めていても、マイホームを持っていても、不幸せそうな人もいますね。

 

そうなるとこの「幸せのお手本」が間違っているのか?という考えに達します。
自分が思うところは、この「幸せのお手本」が正しいときもあれば、間違っているときもあるということです。

 

人によって、幸せの基準なんて異なると思っています。
それぞれの人の考え方や生き方、感じ方が千差万別なので、幸せの基準も十人十色ということです。

 

 

「幸せのお手本」を手放し、自分の幸せの基準を見つける

 

「幸せのお手本」通りに生きても、自分が幸せになるとは限らないとすると、自分なりの幸せの基準を考えて見つけていく必要があると思います。

 

この自分の幸せの基準というのは、自分にしかないものです。
他人と比較して、他人よりも優れたもの、良いものとしても、果たしてそれが自分の幸せに結びつくかはわかりません。
なので、自分の頭で考えて、心で感じ、体を動かして見つけていく必要があるものです。
その道中で他人にアドバイスを求めたり、他人の幸せの基準を参考にしても良いと思いますが、最終的に決めるのは自分です。

 

他人の基準がそうだったから、「幸せのお手本」はこうだったからという理由で自分の幸せの基準を決めて、それに沿って生きていった時、結果として不幸せな人生になってしまっても、責任を取るのは自分です。
他人の責任や「幸せのお手本」のせいにはできません。
もちろん、自分で見つけた幸せの基準の通りに生きても幸せになれる保証なんてないので、そこで不幸せになっても責任を取るのは自分です。

 

どのような人生を歩んでも結局責任を取るのは自分なのです。

 

そして、自分で見つける幸せの基準に、全世界共通の解答はなく、人によって正解にも不正解にもなります。
なので、自分の見つけた幸せの基準が果たして自分を幸せにしてくれるのか、どうなのかについて自信を持つことは難しいことです。
ただ、だからと言って、自分自身で考えず、感じず、行動しないで、他の人の幸せの基準や、幸せのお手本に乗っかってしまうのは、責任放棄と思っています。

 

自分の人生なので、親が責任を取ってくれるわけでも、先生や上司が責任を取ってくれるわけでもありません。

 

なので、自分で見つけた自分の基準を信じてそれを目指していくほうが良いと思っています。
そして、この自分の基準は時間が経つにつれて、徐々に変わっていくことだと思います。
自分の置かれている環境や、その時の自分の能力、感情によって、変化していくと思います。
なので、その都度修正していくものだと思っています。

 

 

怖いかもしれませんが、自分の幸せの基準を見つけてそれに沿って生きてみませんか?

 

自分の今の幸せの基準は、「どんなことがあっても帰ってきたいと思える家があること」です。
仕事で嫌なことがあっても、人間関係で悩んでも、家族と喧嘩をしても、帰ってきたいと思える家があることです。
そんな自分の住む家を作っていきたい思っています。

 

 

ではでは

 

オスギ

2 件のコメント

    • 幸せの基準は人それぞれ違うから、押し付けも良くないし、人に合わせるのも少し違うと思うんだよね。

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