【アドラー心理学 ライバルとの関係】ライバルは競争相手ではなく、人生の伴走者

どうもアラサー男子オスギです。
先日、友人のジャズピアニストから「クラシック音楽の世界では、現状維持は後退を意味する。なぜなら周りがどんどん進歩していって行くから」と聞きました。

そして、こないだまで読んでいたアドラー心理学の本で、「ライバルは競争相手ではなく人生の伴走者」という内容が書かれていました。

 

この2つの事柄が、自分の中でリンクし、腹落ちしたので、そのことについて書こうかと思っています。

 

 

現状維持は後退である

 

さて、まずは私の友人のジャズピアニストから聞いた言葉「現状維持は後退を意味する。」について。
背景を考えると納得できると思います。
この時、彼はクラシック音楽の世界での話としていましたが、このことは他の業界でも言えることではないかなと思います。

 

自分が成長せずに現状維持のままでいたとしても、周りにはどんどんどんどん成長していっている人たちがいる。
そうなると、周りに追い抜かされてしまうことが多くなってしまう。
その為、全体で見ると、自分は後退してしまっていることになります。

 

これについてはすごく納得がしていました。
現状維持をするだけでも努力をしなければいけないが、さらに努力をして成長していくことが必要だと。

 

ただ、これについて納得した時に、若干違和感を感じていました。
これって、「人と比べての概念だなぁ。」と思いました。
もちろん、勝負事であれば、仕方ないことと思っていましたが、それだと一生追われる恐怖、追い越される恐怖というストレスに苦しむことになると思い、人生幸せになれるのかな、と違和感がありました。

 

 

アドラー心理学のライバルは伴走者

 

一時的にその違和感を感じていましたが、いつの間にかにその時に感じていたこと忘れてしまっていました。
そして、つい先日読んだアドラー心理学の本で、ライバルは競争相手ではなく、人生の伴走者であると認識すると読んだ時に、自分の中で腹落ちして、理解が深まりました。

 

ライバルを競争相手として見ていると、勝つか・負けるかという概念で考えます。
上記で書いた通り、ライバルに勝ったとしても、その後にいつか負けるかもしれない、という見えない恐怖とずっと向き合って行く必要があります。
これはライバルを縦の関係(優劣など)と見ているためです。

 

しかし、ライバルを自分の目標を達成するために自分の横に走ってくれている伴走者という風に考えると、負けるかもしれないという常に襲ってくる恐怖から解放されます。
伴走者とは、自分の横を走っていてくれる人です。
言い換えると自分をモチベートしてくれる存在のことです。

 

目標を決める時に、人との優劣で目標を立てずに、過去の自分から成長しているということを目標とします。
そして、ライバルについては勝ち負けの対象として見るのではなく、自分の目標を達成するために自分の横を走り、モチベートしてくれる人だと考えます。

例えば、目標設定でいえば、
「100メートルを〇〇よりも早く走れるようになる」と考えるのではなく「100メートルで自己新記録を出す」と考える。
そして、ライバルについては、
その人を勝ち負けの対象として見るのではなく、自分の目標を達成するために辛い時でも、この人も頑張っているから、自分も目標達成に向けて頑張るというように考えます。

 

そうすることで、自分だけに視点が集中し、相手から追われる恐怖・負ける恐怖を感じずに目標に挑戦することができます。

 

 

現状維持は後退であるとの関係

 

このアドラー心理学のライバルは伴走者という視点を取り入れると、「現状維持は後退である」というのは、他者との優劣の考えから産まれたものであると認識できます。

 

なので、このように考えるのではなく、「現状維持は自分が成長していない。」と考え「過去・現在の自分から成長する」という、相対的な評価から、絶対的な評価に考えを変えて行くほうが、いいのではと思います。

 

 

人によって、ライバルとの関係を優劣の関係で捉え、勝ち・負けで判断したほうがモチベートされる人がいるとも思います。
しかし、それは一時の感情であり、それを続けていくと、一生その追われる恐怖からは逃れられないのだと納得しました。

 

取り留めなくなってしまいましたが、この2つのことが自分の頭の中でリンクして、腹落ちしたので紹介しました。

 

ではでは

 

オスギ

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください