【考える】自分の頭で考えて行動する経験 と 教育

どうもアラサー男子オスギです。
大学を卒業して就職して、もう7年。
社会人7年目になって日々思うこと。

 

 

7年間やってきた仕事

 

さらっと自分の仕事の話をしようと思います。
エビを世界各国から買って、それを日本国内で売って利益を出す。
エビは相場品なので、買い付ける価格が安いときも高いときもある。
できるだけ安い時期に安く買える様に交渉して買う。
そして海外から買い付けているので、為替も考えて買い付ける。
販売するときも日本国内の相場がどうなのか、いくらで売るのか自分で考えて値段を決めて売る。

 

もしくは営業担当者に売ってもらう様に働きかける。
いつが買い時で、いつが売り時で、いくらで買うのが正解で、いくらで売るのが正解なんて、その瞬間瞬間ではわからない。

 

3−4ヶ月後になって、「あの買いは成功だった」「あの売りは失敗だった」「○○円で買わなければ良かった」「〇〇円で売っておいて良かった」と振り返ったらわかるときはあるけれども。。。

 

 

答えの無い中、自分の頭で考えて決定して行動する

 

買っている時・売っている時に、果たしてこの行動は正解なのだろうか?とその答えがわかることはほぼほぼ無い。

 

つまり、その時は答えがわからない。

 

けれども行動しなくてはいけない。
しかも自分で判断して決めて行動する。
もちろんその際に同僚や上司、他の課の人に意見を聞いたり相談をするが、基本的に決める際は自分で決める

 

その時に自分の頭で考え行動する。

 

その決定して行動する時に、自分の頭で考えて行動するという経験が少なかったせいか、いつも不安で、これで果たして良かったのかなと。

 

もちろん責任が伴うことだから真剣にやるが、いつもこれで良かったのだろうかと、もっと良い方法があったのでは無いかと思ってしまう。

 

で、こうやって思ってしまうのって、多分、そういう経験を自分の人生の中であまりしてこなかったからだろうなと思っている。

 

自分で考えて行動して、その結果に対して自分でリスクをとって、それに対して受け入れて、振り返りをして、次に同じ様な局面に出くわしたら前よりも良くできる様になる。
こういう経験をあまりしてこなかったからだと。

 

勉強の意義と姿勢

 

学生の時はやたらとテストで良い点を取るために勉強をしていた。
ただ、今思えばその勉強方法が、間違えていたなぁと。
数学や現代文で答えのわからない問題にぶつかった時に自分の頭で考えずにすぐに答えを見ていた。
そしてなぜそういう回答になるのか考えていた。

 

当時は手っ取り早く効率的にテストで良い点を取るためにそうやっていたわけだが、今思えば、答えを見る前に10分くらい解き方を自分の頭で考えて、手を動かして、わからないことにぶつかった時にもがいて自分で答えを見つけようとする経験をすれば良かったなぁと。

 

そういう経験を多くしていた方が、経験したことのない事や、どの様に対応していいかわからない局面に直面した時に、強いんだろうなと。

 

そして、そういう局面って今後世の中でとてつもなく増えていくだろうなと。

 

だからこそ、問題に答えがあったとしても、回答を見ずに自分の頭で考えて解いてみる。わからなくても、まずは自分で考える。それと、答えのない問題に向き合って、自分なりに考えて、行動して、振り返るっていう経験を学生時代からできる様な環境になればなと。

 

ではでは

 

オスギ

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください